DTM奮闘記、プラグインや機材レビュー、VOCALOIDやオリジナル完成までの道

KのDTM奮闘記

LOVE LOVEラブラブあいしてる最終回を見て思ったこと。

 

「LOVE LOVE愛してる最終回観ました?久しぶりにTVを見に家に帰りましたが、何というか、時代が終わったというか。同窓会みたいな感じがしましたねー」

東京に来て5年になった。
実のところ、私は今東京に住んでいることが人生の設計図において、てんで予想外な出来事である。

東京は父の出身地だが、いろいろあり幼少期から墓参りに来る事もなかった。私自身も十代は東京だ。
しかしその頃私の頭にはマイナスイメージばかり焼き付いていて、それもそのはず当時の記憶が消極的な思い出ばかりなのである。

あんかけ焼きそばを嫌いだと言ったこと。
動物園でライオンが怖くて泣いたこと。
人が多すぎて、全く子供の遊び場がなかったこと。

そんな思い出がつらつらと並ぶ中、1番の大きな理由は両親が「東京の人は冷たい」「東京は変な場所だ」と言い張っていたからに他ならない。

怒らないで欲しい。これは本当に両親の偏見以外の何でも無いのだ。
両親の言葉というのは子供にとっては本当に影響力があって、私はまんまと「東京は人が冷たい、人が多くて怖い」とインプットされてしまった訳である。

東京に住んでいたのは十代だったので、それからだいぶ経った事になる。
転職活動の末、なんの縁か名古屋の会社に勤めることになった。
大学には昔東京に住んでいた同級生が居たので「東京って変な人が多いの?」と聞くと、同級生は「そうだよ」と言った。
これも、ただの偏見である。
しかし偏見も多数派になると正しい答えな気がしてくる。
私は不安と共に東京へ引っ越すことになった。

結論からいうと、東京はとても良いところだった。
なんなら私からすると、良くも悪くも長年住んでいた仙台の方が面白い人が多かった。
これもまた偏見と地域差ではある。

東京は電車が静かだ。
仙台なんて、コロナ禍になるまで通路を挟んでお喋りしているのも日常茶飯事だった。
知らない人もまるで親戚のように話し掛けてくる。よく言えばフレンドリー。だけどパーソナルスペースに線を引いている私にとってはその一連でドッと疲れることも多かった。

音量のつまみを回したくなる都会の騒がしさは、楽しさや興味深さもあるが、私には少々刺激的だったのだ。
住めば都。
今の私にとって東京は住みやすい。

転職を機に仙台に帰ることも出来た。
それでも結局東京に残ることにした。
正直、そこまで東京を気に入っている自分に驚いた程である。

仙台が大好きで住み続ける人もいる。
私の場合、思い込みで東京に住む選択を続けなくて良かったなと思っている。
多分、この機会に仙台を出なければ私は一生仙台から出ることもなかったのだろう。

もちろん仙台は今でも大好きだ。
時々無性に通い詰めたお店が恋しくなっちゃうし、
突然牛タンや寿司が食べたくなった時、私の求めている本場の牛タンや寿司が売っていないのは今でもネックである。

仙台も東京も好き。
ただ、自分の行動力のお陰で好きな場所が増えただけだ。

仙台の友達は会うといつも「帰っておいで」と言ってくれる。
東京の友達は「東京に居続けてくれて嬉しい」と言ってくれる。

東京にも仙台にも帰る場所がある。
それが今、大変幸せである。

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