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飯盛山さざえ堂から白虎隊の眠る石碑へ行った時の心霊体験

2020/05/09
 
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白虎隊の眠る飯盛山の歴史は

多くの方が学校などでも習いますのでご存知かと思います。

 

霊感を持っている私や母はパワースポットと聞くと行きたがらないことが多いです。

当然悲しい歴史を持つ飯盛山にもいい印象を持っていませんでした。

白虎隊(會津藩校日新館の生徒)自刃は戊辰戦争における悲劇。自刃の地・會津飯盛山には、白虎隊士・十九人の墓や慰霊碑が建てられています。

 

なにも祟りとかはないと思いますが(一個人に祟ってもしょうがないんね、第一観光地だし)

感受性が強いため具合が悪くなったり、私だと寺社仏閣の静粛な感じや葬式の時の様な感じ、”あの世とこの世が近い雰囲気”を感じであると表現します。

 

そしてこの度飯盛山に物見遊山で行ったときに起こった不思議なことについて触れてみたいと思います。

 

よくそうしたスポットは霊感を持つ人は期せずしてお呼ばれすると言いますが、今回はそうだったのかもしれません。私は飯盛山はどういう所か学んでいますし、先述したとおり、急に頭がいたくなったりするので飯盛山が目的地であれば行かなかったと思いますが、今回当初訪れる予定がありませんでした

 

BSテレ朝で五木寛之さんの寺社仏閣を巡る番組がありますが、そんな影響もあってか

 

訪れた付近の寺社仏閣巡りをよくしていて、せっかく会津に来たのだからそうだ、さざえ堂ってよくTVでやっているな、ブラタモリでもあったなあなどと思い立ち、地図を見て行ってみたのです。

ブラタモリ

 

なんか来たことあるなあ、あそうか、飯盛山の近くなんだなあ、修学旅行で来たな。

まあさざえ堂だけなら10分くらいで見れるかなあと行ってみたんです。

さざえ堂(飯盛山入り口)

 

この日は真冬で雪が積もっていましたが、天候が良かったのですが、斜面が氷でツルツルで、かなり登るのに難儀しました。正面入り口のエレベーターでなくこちらの横道から行く観光客はいませんでした。

 

さざえ堂

栄螺堂 – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/栄螺堂

栄螺堂さざえどう、さざいどう)は、江戸時代後期の東北~関東地方に見られた特異な建築様式の仏堂である。堂内は螺旋構造の回廊となっており、順路に沿って三十三観音や百観音などが配置され堂内を進むだけで巡礼が叶うような構造となっている。仏教の礼法である右繞三匝(うにょうさんぞう)に基づいて、右回りに三回匝る(めぐる)ことで参拝できるようになっていることから、本来は三匝堂(さんそうどう)というが、螺旋構造や外観がサザエに似ていることから通称で「栄螺堂」、「サザエ堂」などと呼ばれる。

さざえ堂、そうそうこれだよな、ブラタモリでやってたなと思いながら入っていきました。

元々お寺があってお堂だけ残っているのだそう。拝観料400円でした。

入口では名物受付のお姉さんが一人で何かアナウンスしていました。

さざえ堂内部。一本の道を直進する内に螺旋を登って降りてくるという大変珍しい建築様式です。

宗教的意味合いもあるのでしょうか。

建物てっぺん付近から見える会津の街並み。

 

「オオ凄いな、珍しいものを見たな」

とおもいきや、今回のブログの本題はここからです。

実はもうこの時点で怪奇現象は始まっていました。

 

と建物を出ると左側に見えたのは宇賀神堂。

宇賀神堂には、飯盛山で自刃した白虎隊士19人の霊像が安置されています。

 

土地勘のない私はあることに気がつきました。

あれ、ここ飯盛山?そうか、戦に敗れた白虎隊は先ほどの裏側から山を登って、ここへたどりついたんだなあするともう少し先を行くといわゆる自刃のちなんだな」

宇賀神堂でお参りを済ませるとこの宇賀神堂でも堂の写真を撮りました。

宇賀神堂(仮)

写真の機械はCanon デジタル一眼レフカメラ、ピンぼけや何やらの予備で携帯の写真も同じ構図で2枚ずつ撮っていました(アップしているのは全部携帯電話の写真です)

 

すると矢印で白虎隊の慰霊碑こちら⇒みたいな案内があり、「なんだこんな近いのか、せっかくだからお参りして行こうかな」と軽い感じで裏側へ出ました。

 

見晴らしのいい景色で会津の市街地が一望できるエリアに出てきました。

もう少し行くと慰霊碑です。

石碑にたどり着くと、真冬の平日ということもあってかそこには誰もいませんでした。

 

そうか、ここなんだな。以前来た時とまた違った趣だな、

観光地だし訪れた記念に慰霊碑もパシャリ・・・、あれ?

 

シャッターが下りない。焦点が合わない。

 

おかしいな、もう少し近づいてからカメラを構えると同じ。

なんだ故障かなあ、と携帯電話で納めてきました。

 

白虎隊の自刃したとされるエリアでは会津の町が一望できる素晴らしい眺めが広がっています。

素晴らしい眺めだなあ。ここでもカメラと携帯で1枚づつ。

展望写真(仮)

 

付近には白虎隊の唯一の生存者、飯沼定吉の墓が。そうか、彼の遺言でここに葬ってくれと、そういうことだろうな。

お墓の横には石碑に

日の御子の 御影仰ぎて 若桜 散りてののちも 春を知るらむ

飯沼貞吉

という句がありましたが

この歌は、白虎隊士の中でただ一人命を取り留めた飯沼貞吉が、大正十三年(一九二四)に、当時皇太子であられた昭和天皇が白虎隊士の墓を親拜されたことに感激して詠んだ歌。

「白虎隊士の墓を親拝された日の御子(皇太子殿下)のお姿を仰いで、まだ若桜だった白虎隊士は、やっと春を知ったのだろう」という意味だそうです。

 

それだけでなく、今こうして会津の美しい街並みを見られることは生きてるものの特権だなあ、この石碑があるだけでも語り継ぐ価値というか、意味があるなあと思います。

そう思わせる、美しい会津の景色でした。

帰りは正面から降りて行きましたが、下山も困難でやはり雪かき前だったようで、売店のおじさんに「転ばなかったかい」と心配されました。というかテンション振り切っててキャラ立ちが完成しており、ロールプレイングの待ち人か、遊園地のアトラクションのようにみんなやたら語り掛けてきます。

 

帰宅して写真を見ると、その部分は「すっかり抜け落ちていました」とさ。携帯も、一眼も。

 

その前後にも写真を撮りまくってましたがそうしたトラブルは起きませんでした。あの山を登った瞬間だけです。カメラマンさんとか心霊ロケでの体験とかでよく聞く話ですね。シャッターを押せない時点でそういうことなのかな、とお参りを済ませて来ましたが、案の定でした。それでも私はそういう怨念めいた話で片づける必要も感じません。磁場なのか、メッセージ性を持った思念なのか。そうした不可思議な現象は確かに起きるということです。

 

今回使用したカメラ(眼には見えない感動もバッチリ写っちゃうかもしれない)

他にも会津地方のこんなところへ訪れています♬
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