DTM奮闘記、プラグインや機材レビュー、VOCALOIDやオリジナル完成までの道

KのDTM奮闘記

YOASOBIの新曲「好きだ」歌詞を徹底考察!10年越しの4度目の告白って何?作詞者は?YOASOBIとヨルシカの違いは?解説します!

 

『…つまりYOASOBIというか、イクラとアヤセの作家性の本質は作家性の不在であって、それは彼らの曲を聴けば一目瞭然なんだけど、』

「ここは?」

見知らぬアパートの一室。部屋の3分の2を占めるIKEAの狭苦しいベッド。隣に見知らぬ女の寝顔が。

「昨日バーで隣に居た女だ。」

とっさにそう思った。顔はうろ覚えだったがそれしか思い当たるフシがない。行きつけのバーに偶然隣に居た女の子でだったがナントマア、無防備にもスヤスヤと子供の様な表情で寝息を立てている。服…は着ているので何もなかった、と呼べるシチュエーションだろうか?ダメだ、昨夜の記憶がない。顔に覆いかぶさる彼女の二の腕をいったん払って冷静に考えてみる。白いカーテンの向こうは明るく時計は8時を差している。朝だ。遠くで車の音がしたがやけに静かだ。タクシーか?どこまで連れてこられた?昨日西荻窪で飲んでいた。

ナミ、と女の子は名乗っていた。マスターからはナッちゃんと呼ばれていた。25歳、転職活動中だと言っていた。親に反対されたかわ音楽系の進学を考えていたと言って、僕の仕事の話へ身を乗り出して食いついてきた。でも深く聞いても専門学校も出ていないし、年齢や要領の良さから察するに日当たりの良い仕事ばかりしてきたのかは怪しかった。吉祥寺でエステシャンをしていると言っていた。無免許で?エステ?と聞き直したほどだ。

「まぁ音楽は何歳引退というのもない業界だしまだ色々やってみる価値はあると思うよ!」

と適当にアドバイスした。そこまでは思い出した。昨日はそれとは別に女性と待ち合わせていた。その日荻窪から実家に引っ越す予定の女友達だ。別に最後じゃないけど景気付けに一杯飲もうよと、軽いノリだった。その女友達が顔を出した所まで覚えている。マスターにシャンパンを開けさせられ、酔って調子付いていたのか?そもそも前日結婚式に出席した二日酔いで調子が悪く、昼食時居合わせたマスターに会い仕方なくバーまでついてきた。途中で酩酊した可能性は高い。結婚式にはその女友達も来ていた。「結婚か…しばらくないかなー」とぼやいていた。

けどその彼女は消えてこれはその、、なんだ?

そもそも中央線沿いは吹き溜まりの街。そんなドラマは日常茶飯事だ。別に変わった人間でいたいと思っているわけではなかった。当たり前に好きなものを選んでいたら結果変わって行き、変な人ばかり周りに集まった。でも別にそうなろうとしてたわけじゃない。彼女たちもそうだろう、出会いというか何となく集まった連中だろう。

長野で生まれ育った。まぁ普通の街だった。上京して武蔵野音大に入った。クラスにベートーヴェンやらショパンやらを聴いている嫌なやつがいた。そいつが国立音大を受けるというから国立にした。ただそれだけの理由だった。現代音楽のゼミに入った。ベートーヴェンやらショパンやらは避けた。大友良英や灰野敬二のLIVEに足を運んだ。本当の自分を偽り……。
ストレスからか、TSUTAYAでPOPSをたくさん聴いた。法学部の友人家の壊れたWindowsで日夜YouTubeを漁った。近所にTSUTAYAがあったけど品揃えに乏しくほしいものはだいたいYouTubeにあった。違法アプリで簡単に落とせ、セットリストを作って聴いた。

「残り物には福がある」

好きなものを好きでいたかった。ダサいとかダサくないという概念は僕はいたくなかった。昔は違った。スーパーのお菓子コーナーで好きなものを買っていいと言われて、本当はチョコレートやポテトチップスのコンソメパンチが食べたかったが親や兄弟に遠慮し、料金の安い品を選んだ。ポテトチップスクリームソーダ味とか、売れ残りは安かった。昔からそういう子だった。家庭の内外で「変わり者」というレッテルが貼られた。

けれど音楽こそは自分の居場所で、そこに嘘はつきたくなかった。

音楽の授業の手拍子や合唱コンクールで歌う事も拒否した。ピアノ伴奏を渋々する事で秩序は保たれた。

音楽授業中僕はウォークマンでビートルズを聴いた。セックス・ピストルズを聴いた。マリリンマンソンを聴いた。尾崎豊も聴いた。マイラバを聴いた。ミスチルを聴いた。飛んで中国ポップなんかも聴いた。人に言わないにしろ、本当に好きなものはなかなか見つからないらしかった。しかし、重要な転機が訪れた。

クラスでイジメを受けた子が不登校の果てにグレてバイク事故で亡くなった。彼は最初ミスチルが好きという理由でイジメを受けた。jpopの影響を受けて作詞のコンペに出品していた。ミスチルはみんな一度は聴いていたハズなのに何故ダメだったんだろう?今ま怒りが込み上げて来る。作詞は「羽ばたけ!」みたいな題の作品も音読されてバカにされていた。彼とは小学時代CDの貸し借りをした事がある、スピッツのファンで部屋中グッズが溢れていた。そこまで深刻な話と気付かなかっまが、イジメが起こった以上はクラス全員の責任で、彼のjpop愛はムダじゃないという思いは受け継がなければならない。

それからはキレたというか、部屋の2000枚以上あった洋楽CDを人にあげたり売ったりした。流行りのjpopに耳を傾けた。やはりそうなるとアイツ音楽的にどうなの?と揶揄されるアンチが付く。

それで僕は裏技を見つけた。周りをセンスあるヤツだ固めればいいのだ。でも身近な人ではいけない。先輩や先生、音楽室の連中、バンドをやっている不良の先輩。特に4歳くらい上のダブりの先輩とつるんだ。コンピの貸し借りをした。ヤツはご多分に漏れないスヌーザー信者で今フジロックに出てるのをだいたい通っていた。「ダサい」「ダサくない」のABテストの解答はセンスたる巨人の肩に乗るだけでよかった。味方が現れると学校生活ぎ楽になった。掃除当番も外されたのがよか。彼のオススメする音楽は色々聴いた。だいたい興味なかったが、今ま活躍しているバンド、タイムレスなバンドの知識は手に入った。

バックボーンに完全にあぐらをかいた僕はYOASOBIを聴き始めた。

まずコード進行がいい。でも何より歌詞がいい。ストレートだ。意味について考える。ラブソングだ。分からないというヤツにはそれを誇ればよかった。いや〜まだわかんないスカ、YOASOBI!

女の子にも積極的に語った。ゴールデン街はムリだから西荻窪あたりで知り合った女の子にYOASOBIを語った。高円寺か、あえての西荻窪の汚い焼き鳥屋にで「フジロックなどクソだ!」と語る場で敢えてYOASOBIを語れば呼べば女の子は喜んだ。あの辺りで誰も話す人はいないのでむしろエモいのだ。

僕のことを好きになってくれる女の子はみんな渋谷か六本木に住んでいて、村上春樹と藤井風のファン、そしてインスタの友達とテキーラの量が増えた。自意識の数だけそれらがあるように見えた。僕にとってのそれは何だろうと考えた。

騒がしい日々に笑えない君に思いつく限り眩しい明日を

結局あの日僕は静岡に居た。彼女、ミホちゃんとは会っていない。LINEも既読がつかない。

帰り道駅まで一緒に歩いた。紫陽花が綺麗だった。彼女は手に白い袋を持っていた。

「ドライフラワー、友達が結婚するんだ。枯れた花って迷ったんだけどね、花言葉は”永遠”」

よく見ると彼女はラージパンツからでもわかるスラっと細く長い足で身長が高く見えた。身長は155㎝だという。それほどスタイルが良いのだろう。顔も整っていてすれ違った大学生が彼女を見ていた。そこら辺のアイドルにいそうだ。「え?僕はこの娘と一晩過ごしたの?」と驚いた。エステシャンの肩書きは本当だったかも知れない。

彼女もいない。付き合いの長いセフレもいない。同性の友達も、昔は多少いたが会う人はいなくなった。他人のことは分からない。

僕はたぶん、他人に期待していない。昔から友達がいなかった。いつか理解し合える親友みたいなものができたらいいなと考えていた。でもできなかった。他人は理解しようとすればするほど遠くに離れてゆく気がした。僕は他人をこれだけ思っているのに。分からないことを誇った。他人なんて分かんないスよ(笑)孤独を誇った。その孤独にたまに足を踏み入れてくれる人と数時間抱きしめ合って、期待して、でもみんな離れていって、そして誰もいない狭いアパートの静けさに耐えられなる。

ラジオからはYOASOBIの新曲が流れた。

居ても立っても居られず友達にSOS話聞いてほしいんだやっぱり私彼のことが…

彼のことというのはどうひいき目に解釈しても一日寝たぐらいの僕の事じゃないだろう。LINEも既読されないままじゃ、取る手段もSOSも出せないまま。 君との日々もドライフラワーみたいにきっときっと色褪せる……。

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